FC2ブログ

安倍政権のデタラメ外交戦略の延長に河野外相がいる 

平成30年2月3日

 

 


 

1月26日に亡くなった 野中広務氏は,聞き書 野中広務回顧録 御厨 牧原 (編集),岩波書店」の中で,次のように語っていた。

 

 「僕は,8回北朝鮮に行きました。日本の国民にはわからないけれど,北朝鮮,韓国,中国,ロシアとは本当に仲良くしておかなければ,将来日本の国は危ない。」と。

 

好き嫌いは別にして,これらの国との間に,極端な緊張関係を作るようなことを,戦略的とはいえ,意図的にしてはならない。かといって,外交上の馴れ合いは禁物である。この是々非々のバランスが重要なのである。

 

このところ,河野外相が変節して高慢ちきになったとの論評をよく見かける。ただ,もともと横柄な態度であれこれ要求する人間であることは私も寡聞ながら知っていたので,変節というよりも,大臣という権力のポストに就いてからそれまで隠れていた本性がむきだしになってきただけという見方の方が正しいのかもしれない。

 

1月28日,河野は北京の釣魚台迎賓館を訪れて,王毅外相,楊潔篪外交担当国務委員(前外相)や李克強首相と会談した。

 

この席で日本国民が河野に望むことは,会談約3週間前の10,11日に中国海軍の原子力潜水艦が尖閣諸島沖の接続水域に出入りしていた事件に対する抗議であり,

 

昨年12月18日に中国軍の戦闘機2機が爆撃機や情報収集機とともに九州の対馬海峡の上空を通過して威嚇行動をとっていることへの厳重な抗議である。

 

特に日本の接続水域内への侵入は,これまで繰り返されており,確認された事例だけでも、平成25年以降、平成25年5月に3回,平成26年3月、平成28年2月,そして今回の件をあわせると6回もある。

 

繰り返される中国の威嚇行動に対して,日本政府はなあなあで対応すべきではない。河野は,強い態度で会談に臨まなければならなかったはずである。

 

会談に応じた李克強首相は,習近平に次ぐナンバー2であり,抗議の相手として不足はない。ところが,河野はゴマすり一辺倒に終始した。それは間違いない。日本国民にとっては,強い抗議など望むべくもなかったということである。


 なぜそれがわかるか。会談の翌日29日,中国海軍のジャンカイII級フリゲート艦1隻が対馬海峡を北上し、一時的に日本海に入った。その後、対馬海峡を南下し東シナ海に向け航行したという。海上自衛隊のP3C哨戒機と護衛艦が監視したと伝えられたからである。

 

さらに,同日の29日,中国軍のY9情報収集機1機が対馬海峡上空を往復した。東シナ海側から対馬海峡を通過し、日本海に入ってUターンして東シナ海側に抜けた。航空自衛隊機が緊急発進(スクランブル)したという。

 

前日に面と向かって強い抗議を受けた中国幹部が,まったく意に介さずに,その翌日に中国軍の威嚇行動を許容するわけがない。


河野は,抗議をまったくしなかったか,したとしても腰が引けていたかのどちらかであろう。いずれにせよ,河野,いや日本全体が完全になめられているということである。


外交で馴れ合いはほどほどにすべきというのは,次の事実からも明らかである。

 

河野は,会談の席にいた中国外務省の華春瑩(か・しゅんえい)副報道局長に声をかけて,顔を寄せ合ったツーショット写真を自撮りし,「中国の有名な女性と」と書き込んでツイッターに投稿した。

 

このなれあいが,3日後に何を生んだか。

 

中国当局は,現地日本企業が作成したカタログに,尖閣諸島などの記載をめぐって違反があったとして,企業に地図の廃棄を命じたという。これに対して,菅官房長官は,31日の記者会見で,中国側に抗議した。


これに対して,上掲の
華春瑩報道官は同日の記者会見で,中国側の対応を正当化し,日本側の言い分を切り捨てた。

華春瑩報道官は,これまでもカメラの前でしかめ面をしながら,日本の対応を拒絶してきた人間である。

 

そのような人物だから毛嫌いして付き合うな,ということではなく,馴れ合ってはダメだということを認識しなければならないのである。河野だけでなく,日本人が陥りやすい価値観なので,われわれはそのことを肝に銘じておく必要がある。




スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment