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エリート財務官僚も特定危険指定暴力団の組合員もそのメンタリティーに違いはない 

2023年9月17日



自民党の選対委員長に就任した小渕優子が、

2015年以降、親族や元秘書が幹部を務める複数の企業に対し、自身の後援会を通して、計2500万円超の支出をしている事実を週刊文春がスクープしている。

この問題について、小渕は「政治資金規正法上、適切に処理しており、問題はない。道義的問題も全くない」とコメントした。
確かに、政治資金適正法違反ではない。だが、それは同法がザル法というだけで、不適切な支出であることには異論の余地はない。

たとえば、どの自治体でも、地方自治法92条の2(議員の兼職禁止)などを踏まえて、条例などにより、議員とファミリー企業との関わりを制限し。

議員がファミリー企業に特別の便宜供与を図ることを防止しようとしている。

政治資金には税金が含まれているので、ファミリー企業に対する多額の金銭投下が、道義上、倫理上全く問題がないとの小渕の感覚はズレていると言わざるを得ない。

ただ、今回の文春砲によって問題が白日の下にさらされた以上、これからはさすがにあからさまな身内びいきはしなくなるだろう。

だが、ドリル問題に懲りることもなく、法の抜け穴を見つけて、まだこのようなことをやるような人間であれば、

今度は、トンネル会社をかますなどして同じことをするのは目に見えている。それでまた見つかれば「法的に問題ない」との弁明を繰り返して、逃げ切りを計ることだけを考える、と

有権者は、このような人間に2度と投票すべきではない。

小渕は、森元首相など、ディープステートの寵愛を受けているので、将来の大臣(たとえば、こども政策担当相)の椅子も約束されている人間である。

つまり、彼女に司直の手が及ぶことは、よほどのことがない限り、ないということである。で、あれば、有権者の手でふるい落とすしかない。

ところで、こども政策担当相といえば、今回の内閣改造で就任した加藤鮎子にも、同様の政治資金還流疑惑が浮上していることを日刊ゲンダイが伝えている。

外務大臣に就任した上川陽子はというと、オウム真理教の麻原彰晃ら教団関係者7人の死刑執行にゴーサインを出した前日夜に、

しかも、各地で豪雨の被害が伝えられている最中だというのに、赤坂料亭で安倍らと笑顔で乾杯していたことで名が知れ渡るようになった人間である。

税金を使ったフランス物見遊山、露骨なブライダル利権、メディアへの恫喝疑惑など、

杉田なんとかもそうだが、自民党には、傲慢不遜で道徳観念の希薄な女性議員が多いように思える。

有権者には、性別に関係なく、活動実績で投票行動を決めていくという冷静な見識が求められていることは言うまでもないだろう。

なお、以上のテーマとは関係ないが、今回の内閣改造で林が外相からはずれたのは,米国の意向によるものだと憶測される。この話題は、次回以降の機会に譲りたい。

次に、森友関連裁判について。

森友学園をめぐる公文書の改ざんをめぐり、財務省が検察に任意で提出したとされる文書(調査報告書など)の「不開示決定」を不服として争った裁判で、

14日、大阪地裁は財務省の判断は妥当だとする判決を下した。

裁判所は、財務省の主張に全面的に沿った形で、そもそも文書の存否すら不問に付した。(いわゆるグローマー拒否)

判決言い渡しの間、傍聴席からは怒号が飛び交い、原告の赤木雅子氏は。ショックで崩れ落ちるように床に倒れこんだという。

だが、結果論になるが、この訴訟の弁護団の戦略は、ミスとまでは言いたくないが、少なくとも賢明だったとは思わない。

これまで雅子氏は、裁判はカネが目的ではなく、改ざんの詳しい経緯(指示系統など)を明らかにしたい、真実を知りたい、という願いからである旨繰り返し述べてきた。

(民事の国賠請求などでこの願いはズレていると思うのだが、その点はとりあえず置く)

そうであれば、弁護団が、理財局長の佐川宣寿を共同被告人として国賠請求を拙速に起こすべきではなかった。

佐川は、自分がねつ造を主導したとすでに公の席で認めていた。だが、弁護団は、佐川の独断の犯行とは考えなかった。佐川をほのめかした第三者がいるのでは、と考えた。

だが、それが誰かはわからない。だから公文書開示を請求しているはずなのに、なぜ佐川が親玉だと決めつけてさっさと国賠で訴えたのか、ということになる。

首謀者を自認していた佐川に対する訴訟が敗訴で終わってしまったら

(実際、21年11月15日の国の認諾で実質終わったようなものだった)、真実の指示系統を明らかにしたいという雅子氏の目的は達成できなくなる。

黒幕を訴えたいが、調査報告書などの書面を見なければそれが誰だかわからない、などと理屈をつけて開示請求を先行させるべきだった。

国賠請求では公務員個人を訴えても勝つ見込みがほぼないことは、弁護団も承知していたはずである。

だが、理由があれば、勝敗は別として、訴えること自体はできる。

そうであれば、被告の特定を理由に、公文書開示の訴訟を先行させてもよかったのでないか。

ところが、国賠請求まで起こして、国が認諾した結果、こちらの訴訟が先にさっさと終わってしまった。

これにより、佐川個人を相手にした訴訟は、公文書開示関連訴訟も含め、実質、意味がなくなった。

もちろん、公文書開示を先行させてもうまくいったかはわからない。結局全面敗訴する可能性もなくはない。

だが、それでも戦略上は、そうするべきであったと思う。

公文書開示の方は、まだ高裁があるので、ここで結論を言うのは不適切だが、これまでの経緯から見ても、原告が勝つ可能性は残念だが、まずない。

次に、暴力団工藤会の裁判について。

9月13日、福岡高等裁判所で、弁護団が新たな主張をした。

殺人罪など4件の罪に問われている暴力団工藤会のナンバー1と2の裁判で、弁護団は、元組合員を証言台に立たせて、4件のうちの1件について自白させた。

元組合員は「自分の個人的な犯罪で、ナンバー1と2は事件とは関係ない」と証言した。

2件の事件について、ナンバー2は「ナンバー1は事件とは関係ない。ナンバー1に連絡や相談もしないまま、自分が指示をして実行させた」と主張した。

1審で、ナンバー1の野村悟は死刑、2の田上不美夫は無期懲役の判決を受けていた。

そこで、弁護団は野村の死刑を阻止すべく、それまで野村同様に事件への関与を全面否定してきた田上にこのような主張をさせたものと思われる。

もし1審で田上も死刑判決を受けていたら、2審でこのような戦略は考えなかっただろう。

この戦略がうまいと思うのは、4件の関与を野村、田上、元組合員に分散させようとしている点である。

仮に、田上が4件すべてを自分の指示で行わせたと言えば、野村の死刑は回避できても、今度は田上自身が死刑判決を受ける可能性がある。

だが、他方、野村も実は関与していたはずだと高裁も1審同様の心証を抱けば、2人揃って絞首台に上ることになってしまう。

弁護団の方針には、4件のうち1件は野村が関与していると認定されても仕方がないとの前提があるように思われる。

検察のプライドを考えて、暗黙の妥協をしているのか、1件は逃れられないだろうと観念しているのか。

いずれにせよ、野村は1件の警部銃撃事件のみに関与、2件の傷害事件は田上の独断、残り1件の拳銃殺人は元組合員の単独犯行、と関与を分散させた上で、

野村との共謀の事実がないことの立証に成功すれば、

3者とも死刑判決を受けることはなくなるはずである。この主張転換は、3者にとって得はあっても損はない。

この戦略変更が、弁護団の知恵ではなく田上の考えによるものだとすれば、森友文書ねつ造の佐川のメンタリティーと全く同じだということになる。

極悪な上司を守るために、自分がすべての罪をかぶる、と。暴力団は別にして、他の民間組織ではおよそ考えられない自己犠牲精神である。

一見すると美談にもなりうるが、東大卒のエリート財務官僚と特定危険指定暴力団の組合員の行動哲学が同じだとの捉え方をすれば、また別の評価が可能であろう。


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